3級審判員の悩める日々
とあるサッカースポーツ少年団の指導者で、かつサッカー3級審判員である私のサッカー三昧な日々
Birth of Modern Football (1863 - 1970) ・・・ IFABのサイトより


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IFABのサイトには、サッカーの競技規則の歴史というタイトルで、最初に制定された1863年のルール以降の変遷について、4つの時期に分割して記載があります。

HISTORY LAWS OF THE GAME



キーになる部分を抜粋してメモにしておこうと思います。(IFABのサイトから元記事がなくなった場合などに備えて、原文を文末に載せておきます。)



以下、メモ的に抜粋。(訳しにくい部分はあえてスルーしているところもあります。)



現代サッカーの誕生 (1863 - 1970)


1863

最初のサッカー競技規則

1800年代の初めに、英国パブリックスクールに誕生したフットボールについて、ケンブリッジの学生が1840年代から制定しようとしていた統一基準が1863年に完成。

最初の競技規則はロンドンにおいて書かれた。フリーメーソンの居酒屋(?)で開催された歴史的な会合は、英国サッカー協会の設立だけでなくフットボールのオリジナルの共通ルールの設定(つまりルールの統一化?)にもつながった。

最初の統一ルールと英国サッカー協会の設立は、1857年にやはりルールの成文化のために独自のアイディアを導入した主にシェフィールドのクラブを中心とした紛争に終止符は打てず、1860年代まで継続したが、国際サッカー評議会(IFAB)が発足したときに終止符が打たれた。

オフサイド

1863年に制定された最初の競技規則にも「オフサイド」のルールは存在したが、それは現在のものとは大きく異なるものであった。当時、ボールより前にいる競技者はすべてオフサイドだった。

THREE-PLAYER ルール

1860年代後半、サッカー協会は「three-player ルール」を採用。3番目のディフェンダーより前に出るとオフサイドとなるルールに変更され、これがゲームの発展につながった。



1869

ゴールキック

1869年にゴールキックが、1872年のコーナーキックが導入された。これらの導入は画期的な出来事で、これによりフットボールというゲームが時代を超越することになった。(かなり意訳)



1878

最初の笛

1878年にレフェリーが笛を使い始めた。



1886

IFABの初会合

IFABは、英国(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド)の4団体の代表者2名で構成され、1886年に最初の会合を開催。



1891

ペナルティー

英国の公立学校で育った紳士が相手競技者をわざと蹴るような振る舞いをするということを、競技規則は想定していなかった。しかし、フットボールが発展する過程ですぐに変化し、1891年に「死の蹴り」として知られる罰則が制定された。

罰則は誰かによって与えられなければならないので、レフェリーがゲームに参加した。紳士のスポーツとして発展してきたため、当初はキャプテン同士の話し合いで解決されていたが、発展の過程ですぐに変化することになった。

興味深いことに、1891年から1902年までの間、ペナルティーは(ペナルティー)スポットからではなく、12ヤードのラインに沿ってどこからでも蹴ることができた。

レフェリーを参照

もともとは、対戦するチームから任命されてそれぞれのチームの優位をアピールする2人の「アンパイア」がいて、FAカップと国際試合で導入された。しかし、決定に時間がかかることで大きな遅延が生じたため、問題解決にはほど遠かった。

最初、”レフェリー”はタッチラインにタイムキーパーとして立ち、2人の”アンパイア”が一致した決断に至らなかった場合にのみ参照された。

1891年に、それぞれのチームのアピールを聞くことなく、選手を退場させ、罰則とフリーキックを与える権限を与えられた唯一の人が導入された。

後に、2人の”アンパイア”は「ラインズマン」になり、現在では一般的に「アシスタントレフェリー」と呼ばれている。

キックオフのために描かれたセンタースポット

キックオフ時にそのスポットから10ヤード離れさせるためにセンターサークルが発生した。



1902

ペナルティーボックスとペナルティースポットの設置

1902年に、ゴールラインから18ヤード、幅44ヤードのエリアでペナルティーを科す決定が下され、こうしてペナルティーエリアとペナルティースポットが設置された。一般的に’6ヤードボックス’と呼ばれた長さ6ヤード、幅20ヤードの’ゴールエリア’はゴールマウスの半円に取って代わった。



(続きは別の記事で。)



う~ん、なかなか日本語に訳すのが難しい。(日本協会で日本語訳を出してくれないかなぁ・・・)正しく訳せていない可能性もあるので、上の訳の取り扱いにはじゅうぶんご注意ください。



以下、原文。



Birth of Modern Football (1863 - 1970)


1863

FIRST FOOTBALL LAWS

Cambridge students had attempted to set up a uniform rule standard in the late 1840s, but it was only in 1863 that football, a discipline practiced over the centuries in frequently violent village contests and subsequently introduced into English public schools in the early 1800s, received its first, firm set of rules.

The first laws of football were written up in London. The historic meeting which occasioned it, held at the local Freemasons’ Tavern, led not just to the founding of The Football Association (The FA) in Britain, but also to the establishment of football’s original common rules.

The creation of unified rules and formation of The FA in 1863 did not prevent disputes, involving predominantly Sheffield clubs, which had introduced their own ideas for rule codification in 1857. These ideas persisted into the 1870s and were abandoned when The International Football Association Board (The IFAB) was created.

OFFSIDE

Although “offside” was included in 1863’s original rules, it was vastly different than what we know under the name today. Back then any attacker ahead of the ball was effectively offside. This meant that the tactical arrangements of the time tended to feature up to eight forwards.

THREE-PLAYER RULE

It was in the late 1860s that The Football Association decided to adopt the three-player rule, with the attacker called offside if positioned ahead of the third-last defender. This allowed the passing game to develop.



1869

GOAL KICKS

Goal-kicks were introduced in 1869, and corner kicks followed in 1872. These were the milestones which helped the game gradually take on features that seem timeless today.



1878

FIRST WHISTLE

A referee used a whistle for the first time.



1886

FIRST MEETING OF THE IFAB

The IFAB consisted of two representatives from each of United Kingdom’s (England, Scotland, Wales and Ireland) four associations and held its first meeting in 1886.



1891

PENALTIES

Penalty, early on known as the ‘kick of death,’ was absent from the Game until 1891, since it was assumed that a gentleman raised in an English public school would never deliberately commit a foul on another player. This quickly changed as football became more competitive.

Since penalties had to be awarded by someone, the referee joined the Game. With gentlemanly origins firmly in view, disputes were still settled by the competing teams’ captains, but with the stakes growing this would soon change as well.

Interestingly since the rule’s introduction in 1891 to 1902, penalty was not taken from a spot but anywhere along the 12-yard line.

REFEREES INTRODUCED

Originally, there were two ‘umpires’, one of whom each of the playing teams could appeal to, who were used by the time the first FA Cup and international fixture took place. This solution was far from ideal, however, as reaching decisions was preceded by lengthy delays.

At first, the referee stood on the touchline, tasked with keeping time and ‘referred to’ when the two umpires failed to reach a decision on their own. In 1891 a single person was introduced with the authority to send players off and give penalties and free-kicks without listening to appeals. The two umpires then became linesmen, nowadays commonly called 'assistant referees.'

CENTRE SPOT MARKED FOR THE KICK-OFF

Keeping players ten yards from that spot at kick-off gave rise to the centre circle.



1902

PENALTY BOX AND PENALTY SPOT SET UP

However, in 1902 a decision was made to execute penalties in an area 18 yards from the goal line and 44 yards wide, and thus the penalty box and penalty spot were set up. The ‘goal area,’ commonly called ‘six yard box’ and sized 6 yards long and 20 yards wide, replaced the semicircle at the goalmouth. Still, it took another 35 years for the edge of the penalty area to assume the now-familiar D-shape.



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